体外受精の出生率の世界的低下とその原因

日本と海外の体外受精に関する論文を読んで記録しています。

世界的な体外受精による生児出生率低下の原因について考察した、Gleicher et al. (2019)のオピニオン論文です。

結論

出生率の低下は、マイルドな卵巣刺激、単一胚移植、PGT-A、全胚凍結といった体外受精治療の変化に関連している(成功率が低いのは技術レベルが低いわけではない)。

投資家主導に移行する「産業化」は、アドオンの利用の増加、体外受精コストの増加、出生率の低下、および患者の満足度低下に影響するとみられる。

背景

アメリカの体外受精の生児出生率(新規IVF/ICSI周期当たりの生児出生率)は、2001~02年まで上昇、2008年に最も高くなり、その後、2013年~16年に連続で低下。

この傾向は、カナダ、オーストラリア/ニュージーランド(合計)、日本を含む各地域でも見られました。

医療制度が異なるにも関わらず、同じ時期に出生率低下が観察されたことは、世界中の体外受精に影響を与える実践方法の変化に関連すると見るのが妥当だと、筆者らは指摘します。

方法

アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア/ニュージーランド(合計)、ラテンアメリカ、そして日本における、2004年~16年の出生率のデータを使用。

研究に含まれた体外受精の新しいアドオンは、大別して、①移植胚の選別、②マイルドな卵巣刺激、③IVFサイクルの中断の3つです。

体外受精の「産業化」は、個人開業モデルから投資家主導の産業への移行として定義。また、「商品化(コモディティ化)」は、体外受精の結果よりも収益を主に重視することを指します。

IVF出生率低下に影響した可能性のある新たな手法

胚盤胞期培養と単一胚移植の影響

なぜ体外受精の成功率は低下したのか?

考えられる原因の1つが、胚盤胞期までの胚培養(BSC)と選択的単一胚移植(eSET: elective single embryo transfer)です。

複数胚移植と比較して、eSETが臨床妊娠率を低下させることは先行研究で確立されていて、顕著な例として日本をあげます。

日本は世界で最も低い出生率で、2004年~08年にかけて急落。2009年~16年もわずかに低下し、新規IVF周期の出生率は5%程度でした。

出生率の低下は、いわゆる「加藤プロトコル」の導入時期と一致すると筆者らは指摘。その特徴は【マイルドな卵巣刺激、胚盤胞までの培養、選択的単一胚移植】です。

オーストラリア/ニュージーランドも同様で、2004年~13年に、BSCとeSETの利用率は2倍になり、新規IVF周期の約80%を占めました。

これらの国では、出生率低下IVF周期数の増加がみられました。

なぜ単一胚移植?

eSET支持者の主張は、主に2つの観察結果に基づいています。

  1. 新鮮胚移植+凍結融解胚移植(1周期)での累積妊娠率・出生率は、新鮮胚移植サイクルのみの出生率と一致するか、わずかに上回る (Pandian et al., 2013)
  2. 凍結胚移植は、刺激周期での新鮮胚移植と比べて、妊娠率と出生率が向上する(Wei et al., 2019)

しかし、筆者らは両方とも正しくないと否定的です。

第一に、次周期の移植は、妊娠までのコストと期間を増加させます。

第二に、凍結融解周期へと遅らせることにより妊娠率が改善されるとの主張は、不適切な患者の選択に基づいている。つまり、胚培養で胚盤胞に到達できる予後の良い患者にのみ適用されると述べています。

中国での大規模な実証研究から、胚が凍結融解に耐えられない患者では、BSCやeSETは体外受精の結果に悪影響を及ぼす可能性があると指摘しています。

日本など科学先進国でのデータが示すことは、技術レベルの低さが原因ではないこと。

つまり、IVFでの出生率の低下は、実践方法の変化が原因である可能性が高いと結論づけます。

他の胚選別方法の影響

PGS/PGT-A、タイムラプスによる胚培養、胚バンク、全胚凍結プロトコルなど他の胚選別方法は、IVFへの比較的新しいアドオンですが、臨床的な有効性は疑問視されています。

最も議論のある胚選別の方法はPGS/PGT-Aです。

PGS/PGT-Aは、アメリカの学会でつくる委員会の合同声明(2018年)で、結果を改善する効果はないとされました。

偽陽性診断により正常胚が多数廃棄され、これらが移植された場合、高い割合で正常出産につながると指摘されています。

特に卵巣予備能が低い患者らでは、PGS/PGT-Aは体外受精での妊娠率に悪影響を及ぼすと考えられると、筆者らは述べています。

マイルド刺激の影響 

体外受精成功の最も優れた予測因子は、女性の年齢の次に移植可能な胚数です。

それに対してマイルドな卵巣刺激法は、標準的な方法と比較して採卵数が大幅に減少するように設計されています。 

このため、仮に「加藤プロトコル」やeSETとは別に使用したとしても、マイルドな卵巣刺激は直観的に理解しがたいとしています。

周期中断の影響:胚バンク 

胚バンク(貯卵/貯胚)の活用は、十分な胚が蓄積されるまで、胚移植(あるいはPGT-A)を遅らせることにより、臨床的・経済的利益をもたらすという仮説に基づいています。

特に卵巣機能が低下した患者で、連続した全胚凍結周期が行われます。

しかしアメリカでは、胚バンクの割合が特に高いIVFセンター10か所についての研究で、このグループの出生率が、他のIVFセンターの中央値を下回ったことが報告されました。

胚バンクは、2007年以降拡大し、2010年~11年に最も増加しましたが、これはアメリカのIVF出生率の低下と対応していると筆者らは指摘しています。

体外受精の産業化と商品化

投資家コミュニティは、過去10〜15年間、体外受精医療を成長産業と見なすようになりました。

例えば、CooperSurgical(米コネチカット州)のヘルスケア部門は、2015年以降、約5億ドルを費やし、PGT-Aの大手研究機関、タイムラプス付きインキュベーターの世界的サプライヤーなどを次々買収。IVFの研究機関およびサプライヤー企業のコングロマリットを構築しました。 

(イメージ)

大規模な集約はオーストラリア/ニュージーランド市場で最も進んでいて、わずか3社が両国の体外受精サイクルの80%を占めます。

2006年~07年にかけて「産業化」が進み、その時点から、オーストラリア/ニュージーランドの出生率は低下しています。

料金値上がりに関する苦情の増加は、メディアでも大きく取り上げられました。

研究と成功率改善のためのコスト上昇だと業界側は説明していますが、両国でのIVF出生率は15%程度。また、一部クリニックの誤解を招く成功率のPRが、消費者委員会から厳しく指摘されました。

オーストラリア/ニュージーランドは、初期から体外受精に成功し評判を得てきました。しかし、IVF費用の上昇、出生率の低下、倫理的懸念の高まりを考えると、この地域を手本にすることはできないと、筆者らは指摘しています。

まとめ

世界の各地域における体外受精の臨床パターンの変化出生率の低下の関連性は堅牢と言えそう。

このことは、ここ最近、有効性の認められない(あるいは有害な)アドオンが追加されたことを示唆すると筆者らは結論づけています。

他の要因としては、体外受精を受ける女性の高齢化があげられます。

ただし、高齢化の傾向は、出生率低下の考えらえる原因(=効果が疑わしいアドオン)が、高齢女性を含む予後の悪い患者にとって特に有害であるため、今回の論点の重要性を一層強調することになると述べています。

さらに、筆者らは体外受精の「産業化」と「商品化」について警鐘を鳴らし、料金の上昇、臨床結果の低下、患者の満足度の低下につながる可能性があり、特に考慮すべきと結んでいます。

そして、①新たなIVFアドオンの導入はより慎重に検討すること、②アドオンと臨床結果について前向きランダム化研究を行うこと、③「産業化」/「商品化」とIVFの結果との関係を早急に調査することを推奨しています。

研究の注意点

この研究で指摘された関連性は、因果関係を示すものではありません。

感想

日本は採卵周期当たりの妊娠率・出生率が低いと目にしたことがありましたが、様々な国で観察されているとは勉強になりました。

体外受精の商業化についてはもっと知りたいなと思います。

*ブログ筆者は英語圏で社会科学系の修士号をとっていますが、医療従事者等ではありません。統計学、論文の読み方/書き方、英語の勉強を兼ねています。

Reference

Gleicher, N., Kushnir, V. A., & Barad, D. H. (2019). Worldwide decline of IVF birth rates and its probable causes. Hum Reprod Open, 2019(3), hoz017. https://doi.org/10.1093/hropen/hoz017

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